共生発光vs自力発光?100年以上の論争に終止符を打ったヒカリボヤの光のヒミツ
2年ぶりの参戦でぇす!今回紹介するのは「Microscopic and Genetic Characterization of Bacterial Symbionts With Bioluminescent Potential in Pyrosoma atlanticum(ヒカリボヤPyrosoma atlanticumにおける生物発光能を持つ共生バクテリアの顕微鏡的および遺伝的特性評価)」。今年の2月にでたばかりの論文です。この記事は今年読んだ一番好きな論文2021のエントリー記事として書かれました。
論文でやったことざっくり中身
ヒカリボヤに共生する発光バクテリアを調べましたよって論文です。それだけ?うんそれだけ。でも実のところ、この論文は生物発光界隈ではとてもアツい論文じゃないかって気がしたので紹介します。
背景
ヒカリボヤとは?
ヒカリボヤ、名前からして光りそうだなと思ったそこのあなた、正解!光るホヤだからヒカリボヤです。厳密にはホヤとはちょっと違うグループのようですね。ホヤが尾索動物のホヤ綱、ヒカリボヤは同じく尾索動物のタリア綱です。百聞は一見にしかず。動画載せますね。こんな感じの光りながら海中をたゆたう生きものらしいです。
ちなみにコイツ、学名が面白いです。Pyrosoma はギリシャ語で炎の体。煉獄さんです!!!でも青白く光るあたり煉獄さんというより猗窩座ですな。お前もヒカリボヤにならないか?
生物発光とは?
生物が光を放つことです。まんまですね。発光する生物といえば2008年ノーベル賞、故・下村修さんのGFP&イクオリン研究で有名なオワンクラゲがまず思い浮かびますね。ホタルとかウミホタルとかも光る動物としてとても有名です。ウルトラマンも「光の戦士」なのであれも発光生物です。知らんけど。
お魚やイカの仲間も光るものがいます。え?知らない?僕も調べるまでは知りませんでした。海の中には光る生き物がたくさんいるんですよ。そんな中である特徴をもつ光る生き物を列挙します。共通点、わかりますか?
魚類:チョウチンアンコウ、ハリダシエビス、ヒカリキンメダイ、ホタルジャコ、ヒイラギ、マツカサウオ、チゴダラ
軟体動物頭足綱:ケンサキイカ、ミミイカ、ダンゴイカ
実はこれら、みんな体に発光バクテリアを住まわせることで光る生きものなんです!これを専門用語で「発光共生」と言います。ヒカリキンメダイの動画です。目の下の共生器官に発光バクテリアがぎゅうぎゅう詰めになってて光ることができます。
ちなみにホタルイカは発光共生ではなく、自力で光ります。ウミホタルやホタル、オワンクラゲもそうです。
ヒカリボヤpyrosomaは発光共生?
ここまで紹介したように、発光共生をする生きものは魚とイカの仲間に限られてきました。今回紹介するヒカリボヤの発光する仕組みは、発光共生が疑われながらも、誰もきちんと証明できなかったのです。これまでにも顕微鏡で発光する器官を見た論文が出てきましたが、発光生物学者は懐疑の目を向けてきたようです。日本の大御所が書いた本やツイッターで調べると「ヒカリボヤ発光共生説はウソくせえ!」ってつい1年ほど前の意見が出てきます。
意見を見ればなるほど…と思いますが、きちんと調べもせずに言っていることが多いようです。それらの空想に対して修士の若造がデータで真っ向勝負したのが今回の論文。これはあれだ、フリーザ(先行研究)に挑む孫悟空(学生)の物語です。オラなんだかワクワクしてきたぞ!
論文でやったこと:常識外れのアプローチが発光共生の証明に繋がった
バクテリアの研究は培養することがこれまでの常識でした。共生器官からバクテリアを取り出し培養して、光れば発光共生バクテリアと判定できるのです。
ところが、この論文がすごいのは、初めからバクテリアを培養しなかったところにあります。
じゃあどうやったのか?いたってシンプル。発光器官を樹脂切片・電子顕微鏡・FISHで観察、バクテリアの16S遺伝子を調べて、「発光器官の内部にいる細菌が発光バクテリアである」ことを証明しているのです。
FISH(蛍光in situ ハイブリダイゼーション)で発光バクテリアPhotobacterium Pa-1が発光器内にいることを示している
TEMによる切片画像。発光器の中にバクテリアがいることを示しています
これ、実はすごいんです。発光共生している生物の例を最初につらつら並べましたが、これまで知られてきた発光共生は全て「細胞外」。たいしてこれは「細胞内」!!!陸上生物の共生バクテリアではよく見られるのですが、発光共生ではおそらく初めての事例です。
他の細々した図は割愛。
自家発光説 VS 発光共生説! 100年以上にわたる論争
発光研究の歴史において、『発光共生説』は発光生物学者にとって目の上のたんこぶだったようで、とりわけ日本人の書く文章にはいつも発光共生に対して懐疑的な姿勢が伺えます。ヒカリボヤも羽根田弥太『発光生物』という本で、その経緯が長々と書いてあります。しかし、今回の論文で決定的になりました。1914年にPierantoniとBuchnerという生物発光研究の異端児が言い始めた「発光共生説」を完全に裏付ける結果となったのです。もともとこの二人は共生微生物の研究者だったらしく、生物発光業界に新参者の彼らの思想はなかなか受け入れられなかったのでしょう。(注:今回の論文ではこの経緯があまりきちんと書かれていなくて残念。)
でも完璧な証明じゃない!
発光共生を証明するには十分な内容ですが、あくまで懐疑的な姿勢をつらぬけば、まだツッコミどころがないわけではありません。
①バクテリア遺伝子が16Sのごく一部の領域しか見ていない
②lux遺伝子群の同定をやっていない:発光バクテリアが発光物質を作る際に必要なlux遺伝子群が同定されておらず、今回同定されたバクテリアが発光能力を持つか不明
特に②は証明のためには必須だと思います。著者にメールで聞いてみようかな。知らん人だろうが関係ねえ!突撃!返事が来たら追記で書きますね。
追記:発光共生の宿主-発光バクテリアの関係一覧
パッと見てどんな発光バクテリアがどんな生物に共生しているのかわかるものがあればいいなとつくりました。2020年に発光バクテリアのレビュー論文がでてたのをさっき見つけたので、その表に和名を調べられる限り追加しました!CC-BY4.0だったのでそのまま改変。見えるかな?(クリックした方が良さそうです)。
最後に
今回の論文は専門外だったのですが、「共生発光」とか「発光生物」のいろんな論文・本も読みながら見ていくと、論文のウィークポイントや良い点も浮き彫りになりました。時間はかかりますが、大事なことかもしれませんね!
他に面白かった論文(タイトルクリックで元論文に飛びます)
ハキリアリのフェントン反応
葉っぱの消化が難しいリグノセルロースを、フェントン反応という化学反応で消化していることを示唆した論文。生物学者にはできない発想。
ヒレの進化
トビウオの長いヒレに関わる遺伝子をGWAS解析で推定した論文。推定された遺伝子の変異体ゼブラフィッシュでヒレが長くなってるというのがこの論文の素晴らしい点。
箱根ランナーの腸内細菌
青学大の箱根ランナーと市民ランナーのうんこ腸内細菌を比較したプレプリント。青学ランナーに多いバクテリアBacteroides uniformisをマウスに与えると持久力が向上?原監督が著者に加わってる。
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なのがインパクト強すぎて中身が頭に入ってこない