2021年12月20日月曜日

共生発光vs自力発光?100年以上の論争に終止符を打ったヒカリボヤの光のヒミツ

 共生発光vs自力発光?100年以上の論争に終止符を打ったヒカリボヤの光のヒミツ

 2年ぶりの参戦でぇす!今回紹介するのは「Microscopic and Genetic Characterization of Bacterial Symbionts With Bioluminescent Potential in Pyrosoma atlanticum(ヒカリボヤPyrosoma atlanticumにおける生物発光能を持つ共生バクテリアの顕微鏡的および遺伝的特性評価)」。今年の2月にでたばかりの論文です。この記事は今年読んだ一番好きな論文2021のエントリー記事として書かれました。

論文でやったことざっくり中身

 ヒカリボヤに共生する発光バクテリアを調べましたよって論文です。それだけ?うんそれだけ。でも実のところ、この論文は生物発光界隈ではとてもアツい論文じゃないかって気がしたので紹介します。

背景

ヒカリボヤとは?

 ヒカリボヤ、名前からして光りそうだなと思ったそこのあなた、正解!光るホヤだからヒカリボヤです。厳密にはホヤとはちょっと違うグループのようですね。ホヤが尾索動物のホヤ綱、ヒカリボヤは同じく尾索動物のタリア綱です。百聞は一見にしかず。動画載せますね。こんな感じの光りながら海中をたゆたう生きものらしいです。




 ちなみにコイツ、学名が面白いです。Pyrosoma はギリシャ語で炎の体。煉獄さんです!!!でも青白く光るあたり煉獄さんというより猗窩座ですな。お前もヒカリボヤにならないか?

生物発光とは?

 生物が光を放つことです。まんまですね。発光する生物といえば2008年ノーベル賞、故・下村修さんのGFP&イクオリン研究で有名なオワンクラゲがまず思い浮かびますね。ホタルとかウミホタルとかも光る動物としてとても有名です。ウルトラマンも「光の戦士」なのであれも発光生物です。知らんけど。
 お魚やイカの仲間も光るものがいます。え?知らない?僕も調べるまでは知りませんでした。海の中には光る生き物がたくさんいるんですよ。そんな中である特徴をもつ光る生き物を列挙します。共通点、わかりますか?

魚類:チョウチンアンコウ、ハリダシエビス、ヒカリキンメダイ、ホタルジャコ、ヒイラギ、マツカサウオ、チゴダラ
軟体動物頭足綱:ケンサキイカ、ミミイカ、ダンゴイカ

実はこれら、みんな体に発光バクテリアを住まわせることで光る生きものなんです!これを専門用語で「発光共生」と言います。ヒカリキンメダイの動画です。目の下の共生器官に発光バクテリアがぎゅうぎゅう詰めになってて光ることができます。


ちなみにホタルイカは発光共生ではなく、自力で光ります。ウミホタルやホタル、オワンクラゲもそうです。

ヒカリボヤpyrosomaは発光共生?

 ここまで紹介したように、発光共生をする生きものは魚とイカの仲間に限られてきました。今回紹介するヒカリボヤの発光する仕組みは、発光共生が疑われながらも、誰もきちんと証明できなかったのです。これまでにも顕微鏡で発光する器官を見た論文が出てきましたが、発光生物学者は懐疑の目を向けてきたようです。日本の大御所が書いた本やツイッターで調べると「ヒカリボヤ発光共生説はウソくせえ!」ってつい1年ほど前の意見が出てきます。


意見を見ればなるほど…と思いますが、きちんと調べもせずに言っていることが多いようです。それらの空想に対して修士の若造がデータで真っ向勝負したのが今回の論文。これはあれだ、フリーザ(先行研究)に挑む孫悟空(学生)の物語です。オラなんだかワクワクしてきたぞ!

論文でやったこと:常識外れのアプローチが発光共生の証明に繋がった

 バクテリアの研究は培養することがこれまでの常識でした。共生器官からバクテリアを取り出し培養して、光れば発光共生バクテリアと判定できるのです。
 ところが、この論文がすごいのは、初めからバクテリアを培養しなかったところにあります。
 じゃあどうやったのか?いたってシンプル。発光器官を樹脂切片・電子顕微鏡・FISHで観察、バクテリアの16S遺伝子を調べて、「発光器官の内部にいる細菌が発光バクテリアである」ことを証明しているのです。

FISH(蛍光in situ ハイブリダイゼーション)で発光バクテリアPhotobacterium Pa-1が発光器内にいることを示している

 

TEMによる切片画像。発光器の中にバクテリアがいることを示しています


これ、実はすごいんです。発光共生している生物の例を最初につらつら並べましたが、これまで知られてきた発光共生は全て「細胞外」。たいしてこれは「細胞内」!!!陸上生物の共生バクテリアではよく見られるのですが、発光共生ではおそらく初めての事例です。
他の細々した図は割愛。

自家発光説 VS 発光共生説! 100年以上にわたる論争

発光研究の歴史において、『発光共生説』は発光生物学者にとって目の上のたんこぶだったようで、とりわけ日本人の書く文章にはいつも発光共生に対して懐疑的な姿勢が伺えます。ヒカリボヤも羽根田弥太『発光生物』という本で、その経緯が長々と書いてあります。しかし、今回の論文で決定的になりました。1914年にPierantoniとBuchnerという生物発光研究の異端児が言い始めた「発光共生説」を完全に裏付ける結果となったのです。もともとこの二人は共生微生物の研究者だったらしく、生物発光業界に新参者の彼らの思想はなかなか受け入れられなかったのでしょう。(注:今回の論文ではこの経緯があまりきちんと書かれていなくて残念。)

でも完璧な証明じゃない!

発光共生を証明するには十分な内容ですが、あくまで懐疑的な姿勢をつらぬけば、まだツッコミどころがないわけではありません。
①バクテリア遺伝子が16Sのごく一部の領域しか見ていない
②lux遺伝子群の同定をやっていない:発光バクテリアが発光物質を作る際に必要なlux遺伝子群が同定されておらず、今回同定されたバクテリアが発光能力を持つか不明

特に②は証明のためには必須だと思います。著者にメールで聞いてみようかな。知らん人だろうが関係ねえ!突撃!返事が来たら追記で書きますね。

追記:発光共生の宿主-発光バクテリアの関係一覧

パッと見てどんな発光バクテリアがどんな生物に共生しているのかわかるものがあればいいなとつくりました。2020年に発光バクテリアのレビュー論文がでてたのをさっき見つけたので、その表に和名を調べられる限り追加しました!CC-BY4.0だったのでそのまま改変。見えるかな?(クリックした方が良さそうです)。




最後に

今回の論文は専門外だったのですが、「共生発光」とか「発光生物」のいろんな論文・本も読みながら見ていくと、論文のウィークポイントや良い点も浮き彫りになりました。時間はかかりますが、大事なことかもしれませんね!

他に面白かった論文(タイトルクリックで元論文に飛びます)

ハキリアリのフェントン反応

葉っぱの消化が難しいリグノセルロースを、フェントン反応という化学反応で消化していることを示唆した論文。生物学者にはできない発想。

ヒレの進化

トビウオの長いヒレに関わる遺伝子をGWAS解析で推定した論文。推定された遺伝子の変異体ゼブラフィッシュでヒレが長くなってるというのがこの論文の素晴らしい点。

箱根ランナーの腸内細菌

青学大の箱根ランナーと市民ランナーのうんこ腸内細菌を比較したプレプリント。青学ランナーに多いバクテリアBacteroides uniformisをマウスに与えると持久力が向上?原監督が著者に加わってる。

著者の連絡先がTwitterアカウント

なのがインパクト強すぎて中身が頭に入ってこない

2019年12月25日水曜日

狩りバチの 卵からでる 毒ガスで カビを殺して 獲物を防腐

はい、もはやこのイベントのためのブログになってますね。今年もオモロい論文を紹介しようと思います。この記事は今年読んだ一番好きな論文2019学生版のエントリー記事として書かれました。紹介するのはこちら!ジャン!

ハチの卵から出る活性酸化窒素はカビを殺すためのもの

な、なんだってー!

卵。動くこともできないくせに、ガスなんか出しちゃう。しかもカビ菌を殺しちゃうらしい。強い。

ちなみにこの論文が載ったeLifeはエディターとのやりとり、査読者のコメントまで見ることができるという挑戦的な試みをしているオープンアクセス誌で、学生の僕にはなかなか勉強になります。しかもNatureやScienseにも負けず劣らずのキラリと光る面白い論文が載ったりするので目を離せません。

話が逸れてしまいましたが、早速中身を見ていきましょう。

1. 背景説明

今回の主役となった蜂、beewolf Philanthus triangulum狩りバチの仲間
そもそも狩りバチってなんぞ?となった人のために簡単な説明を。

狩りバチとは?

先にYouTube動画をどうぞ。今回の主役、beewolfちゃんです!(音声は英語ですが気にせずにどうぞ)

このように、社会性のあるミツバチやスズメバチとは違い、基本的に単独生活をします。ぼっち。お母さんのハチはまず地面に穴を掘って巣を作り、捕まえてきた獲物を巣に運び込みます。獲物はクモ、バッタ、ゴキブリと種によって様々。狩りバチと一口に言っても色々いるのですが、地面に巣穴を掘って、獲物を狩る性質からツチスガリ(土巣狩ってこと?)という和名があてられるようです。beewolf は厳密にはツチスガリの仲間ではないため、ネットでは「ツチスガリモドキ」と名前をつけているものもありましたが、ここでは獲物がミツバチであることからミツバチツチスガリと呼ぶことにしましょう!

さて、巣穴に獲物を運び込んだお母さん蜂は獲物に卵を産みつけると、どこかに飛び去ってしまいます。獲物と一緒に巣穴に残された卵は、孵ったらピクリとも動かない獲物をもぐもぐ食べて成長し、蛹(さなぎ)を経て成虫になります。成虫になったら巣穴から出て飛んでいきます。

さて、ひととおり狩りバチの生態がわかったところで疑問が…

なんで獲物腐らないん?

死体を常温で放置しておけば普通腐るのに、なぜかずっと新鮮な獲物。ゾンビかな?
麻酔しているから獲物は死なない状態で新鮮なまま、って高等スキルを持つ種もいますが、このツチスガリちゃんは違う模様。

というのも…卵をとりのぞくと獲物はカビだらけに!

右はツチスガリ卵ありのミツバチ、左は卵をとりのぞいたらカビだらけになっちゃったミツバチです。
わーもこもこ(棒)

もうこれはクロですね、卵怪しい!怪しすぎる…!

ここで研究者は気づきました。
ツチスガリの卵、なんか臭わね?
実験をいろいろやって、においの正体と獲物が腐らない秘密を探り当てたぜ!のがこの論文の内容になります。

2. 実験内容と結果

まずはミツバチにカビが生える割合を調べてみました。卵ありとなしで比較。



卵あると獲物のミツバチにカビが生えにくくなってますね。
ミツバチツチスガリの卵に防カビ効果が?

ってなわけで次は培地でテスト。いわゆるバイオアッセイってやつです。
培地の上にキャップをかぶせてカビが生えるかどうかを試してみました。


ビンゴ!ミツバチツチスガリの卵を貼り付けたキャップをかぶせるとカビが生えません。
ミツバチツチスガリの卵には防カビ効果があることがハッキリとしました。

では、この防カビ効果の正体は?
当初、「卵から刺激臭がする」と言われていたため、卵が発するガスが防カビ剤なのだろうと考えられていました。臭いから予想されるガスの正体は塩素、オゾン、二酸化窒素。さあ、どれだ?!

最有力は二酸化窒素NO2。理由は2つ。
1つ目は昆虫は卵の時、微量の一酸化窒素NOを胚発生時のシグナル伝達物質として作ることが知られているため。NO自体は無臭ですが、大気中に放出されたら、すぐ酸素と反応して刺激臭を持つNO2に変わります。
2つ目は、NOやNO2に防カビ効果があることが確かめられているからです。

以上の理由でミツバチツチスガリの卵はNOを放出、酸素と反応してNO2となり、NO2がカビを殺菌すると考えたのです。イメージこんな感じ。



じゃあ本当に一酸化窒素NOなのか?確かめてみました。
ここで登場するのが一酸化窒素に反応すると光を検出するチート技。蛍光プローブDAR4M-AMの登場です。これを卵が産み付けられたミツバチにぶっかけると…


光ってる〜〜〜!!!!てか卵めちゃ明るいですやん。一酸化窒素めっさ出てますやん。

他のハチとも比較してみました。

ミツバチツチスガリの卵すげえ…産卵後24時間経つとギラギラですね。他のハチもほんの少し一酸化窒素を作っていることがわかりますが、ミツバチツチスガリの圧勝です。ちなみにこの時、巣穴の中の一酸化窒素の濃度は1690±680 ppmまで上昇すると推定されるとのこと。大気中の二酸化炭素濃度が400ppmと言われますから、めちゃくちゃガス出しまくりなことが分かりますね!

さて一酸化窒素に防カビ効果があるのかってのも確認してみました。さっきの推定値をもとに、人為的に一酸化窒素濃度を1500ppmにしてみたところ

やはり一酸化窒素の作用によってミツバチにカビが生えるのが遅れるみたいですね。これではっきりしました。

ミツバチツチスガリの卵が作り出す一酸化窒素ガスは、カビの生育を遅らせる

タイトル回収!!!!

3、論文を読んだ感想

ここまでこの論文のミソとなる部分は紹介しました。論文は最後まで紹介しませんでしたが、個人的にすごいと思ったのは最後の方。この著者たち、なんと一酸化窒素合成をになう遺伝子を同定し、その発現場所や発現量まで調べちゃっているのです。遺伝子を同定すれば、進化的にどのような経緯で毒ガス発射スキルが獲得されたかも推測できます。オモロい生命現象を紹介する論文は数あれど、ここまで丁寧な仕事をした論文というのはなかなかないでしょう。見習いたいものです。

4、最後に

ハチの卵が防カビのガスを出すというのはまさに究極の保存技術ですね。人間だったら生肉が腐らないように冷凍保存や真空パックを利用するわけですが、ミツバチツチスガリはそうもいきません。獲物は常温保存。そりゃあの手この手で腐らない工夫をするでしょう。一酸化窒素や二酸化窒素は自動車の排気ガス成分なので、生肉を常温保存してみたい人、ミツバチを食べたい人は排気ガスをビニル袋にためて、中に食べ物を保管すれば常温でも大丈夫かもしれません(良い子はマネをしないように)。




2018年12月24日月曜日

毒遺伝子を失った毒ヘビのお話

この記事は今年読んだ一番好きな論文2018のエントリーとして書かれました

さて、いきなりですが動画をご覧ください(音あり推奨)4年ほど前、アメリカの国立公園でボランティアをやっていた時に撮影した動画です。

ここに写ってるのなんだかわかります?

ジーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!

蝉の鳴き声じゃなく、ヘビが尻尾を激しく振ることで出す音。

これはガラガラヘビといい、日本に生息するマムシやハブと同じクサリヘビ科、もちろんコイツも毒蛇です。北米〜南米に分布するグループで尻尾を激しく揺らして音を鳴らします。しっぽの骨にヒミツがあって、空洞だから振ると赤ん坊のガラガラのような音をだせるのだとか(ガラガラというより時代劇の効果音っぽい)。
 音をこんなふうに鳴らしてくれればこっちも気づくのに、じっととぐろを巻いてうずくまっていれば、地面の色にとけこんで全く気づかない。

下の写真も、普段から鍛えていた野生の勘でなんとなく違和感を察知して、ヘビがいることに気がつき撮影したもの。危うく踏んづけるところだったよ危ねえぇぇ!!!この時は5人グループで散策中、先を行く2人は全く気づかずにスルーしていたという…沖縄のハブだったか毒ヘビは複数人で歩いていると「1人目で人を察知、2人目で攻撃準備、噛まれるのは3人目」と言われるので、もしも3人目の僕が気づいていなければ…恐ろしや恐ろしや。

そんなガラガラヘビの猛毒ですが、「毒の多様性と進化」に着目した、おもしろい論文が発表されました。毒の多様性?って思うかもしれないけれど、ネットを漁れば「最強の毒蛇は?」みたいな記事があるし、そういやマムシとハブで毒の強さが違うなんて話もあるし、種によって違うっぽい(そりゃそうか)。今回はその一つをご紹介。

Current Biology誌から2016年に出た
The Deep Origin and Recent Loss of Venom Toxin Genes in Rattlesnakes 
訳すと「ガラガラヘビの仲間におけるヘビ毒遺伝子の古い進化的起源と最近の喪失」となるでしょうか。

やってることはすごく真面目。ヘビ毒の多様性に注目して、ガラガラヘビの仲間何種類かを使い、毒の遺伝子の構造を調べ、ガラガラヘビの毒の進化に着目したという研究。
ここでは、ガラガラヘビの毒遺伝子の1つ、PLA2(ホスホリパーゼA2)の遺伝子群にターゲットを絞って詳しく調べています。

わかったこと1

PLA2遺伝子群は種によってことなり、同じ種でも構造・発現量にバリエーションがある。
3種のガラガラヘビ毒遺伝子PLA2遺伝子群の
構造&発現量比較(Fig1改変)


わかったこと2

PLA2遺伝子はクサリヘビ科で発展してきたけど、ガラガラヘビでは最近になって遺伝子の一部を無くしちゃった
いろんなガラガラヘビで比較。神経毒をもつ祖先から
神経毒を失ったものがうまれてきたことがわかる。(Fig2改変)
ガラガラヘビ以外も加えた系統樹。PLA2遺伝子の起源はかなり古く
ガラガラヘビでその一部が失われた(Fig5を改変)
ガラガラヘビの祖先における、PLA2遺伝子の進化メカニズム
…とまあ、大雑把にはこんな感じ。タイトルだけを見ると、え?!毒蛇なのに毒をなくしちゃったん???!!!と思ったんですが、ヘビの毒は複数の組み合わせ。PLA2の神経毒をなくしたところで、決して無毒ヘビになったわけではないことに注意したいですね。
ちなみに、このグループ、似たような切り口でガラガラヘビの出血毒についても研究しており、同じくCurrent Biology誌から2018年に論文を出しています

感想1

色や形が様々だったり、今回のようにいろんな毒を作り出したり…どうして生き物はこんなに多様なんだろう?どうやってこんなにもいろんな生き物が進化してきたのだろう?そんな、生物多様性と進化に着目した研究は古くからなされてきた割に、遺伝学レベルまで突っ込んだ研究は分類学や生態学と比べたら決して多いとは言えないのが現状という印象。とはいえ、解析技術の進歩と低価格化が進む今日のこと、少なくとも向こう10年ちょいは、今回紹介したようなアプローチの研究が動植物を問わず主流になることは間違いありません。

感想2

実のところ、今年読んだ中で、個人的におもしろいと思った論文は1930~80年の研究ばかりでした。そんなわけで2000年以降の論文選びには苦労しました。古い論文は結構フリーダムでネタが面白いものが多いのです。生き物系は特にそういうものが多いので、気が向けばぼちぼち紹介記事を書く…いや、僕自身の研究テーマになる、かも!乞うご期待。

感想3

しゅうろんやばーい

感想4
みなさんお気づきかもしれませんが、論文の内容云々より見て見て!ガラガラヘビすごくない?と言いたい放題の記事になっています

2017年12月19日火曜日

擬態の謎を3Dプリンターで解き明かせ!〜キノコを真似た花を咲かせて、ハエをおびき寄せる蘭「ドラキュラ」のお話 〜


初めまして、普段はラボに閉じこもって共生の分子生物学的な研究をしていますが、趣味がフィールドワークってこともあり、生態学よりの論文を読むことも多いです。
この投稿は、今年読んだ一番好きな論文のエントリーとして書かれました。

はじめに

今回紹介する論文のタイトルは『Disentangling visual and olfactory signals in mushroom‐mimicking Dracula orchids using realistic three‐dimensional printed flowers、日本語に訳すと「3Dプリントした本物そっくりな花を使って、キノコに擬態する蘭”ドラキュラ”の視覚と嗅覚シグナルを紐解く」。まず、この論文のテーマ「擬態」について少し説明しよう。

1、擬態について

 擬態とは何か?この記事を書くにあたり定義をちょっと調べてみたら、「信号発信者が信号受信者の関心を持つ信号を発することによって、信号受信者を騙す現象(日高敏隆、1983)」とあった。

なるほど、わからん

 定義だけ書いても実感がわかないので、有名どころで例を挙げてみよう。まずはコノハチョウ。

思ったより木の葉感ない瞬間かも(2015年、西表島にて筆者撮影)
 鮮やかな表の模様と違い、裏の模様は木の葉そのもの。だから、森の中で羽を閉じて止まっていると、騙された敵には気づかれない。つまり「コノハチョウは、樹木の葉に擬態している」と言える。ここで知って欲しいのは両者の関係。この擬態という関係において、真似をされる木の葉は「モデル」であり、真似をするコノハチョウは「ミミック」と呼ばれる

 擬態の例をもう一つ。黒と青の蝶3種の写真(USAケンタッキー州にて、2014年筆者撮影)。このうち、有毒なのは1種だけ。捕食者が毒のあるものを避けた結果、似た模様を持つ無毒の種も生き残る。この例の場合、模様を真似されたのは、一番上のアオジャコウアゲハで、こいつは有毒。一番下のトラフアゲハ♀と真ん中のアメリカアオイチモンジは真似をしてるだけの無毒蝶である。だから、「トラフアゲハとアメリカアオイチモンジは、アオジャコウアゲハに擬態している」のである。つまり、「モデル」はアオジャコウアゲハで「ミミック」がトラフアゲハ&アメリカアオイチモンジなのがお分りいただけよう※1。
羽を広げるアオジャコウアゲハとトラフアゲハ♂

アメリカアオイチモンジ

トラフアゲハ♀

2、ドラキュラ※2

 ここまでに述べた例は、動物の「敵に食われないようにするための擬態」だが、今回紹介するエクアドル森林内に生息するラン”ドラキュラDoracula”の場合はちょっと違って「花粉を運んでもらうための擬態」である。花粉を媒介してもらうためにキノコに擬態して、ハエを騙す。こういう擬態もあるのだ。ここでは、キノコが「モデル」でドラキュラDoraculaが「ミミック」だ。 

 ところでこのドラキュラDoracula、花の作りが特殊(下写真、論文Fig.1より転載)


花びらのように見える場所はがく(Calyx、真ん中のペロンとしたやつが本来の花びらで「唇弁(Labellum」という。ドラキュラDoraculaは、この唇弁がキノコの傘をひっくり返したような形をしていて、しかもそいつはキノコのような匂いがする。そういうわけでドラキュラの花粉媒介はキノコに集まるショウジョウバエが担っているに違いないと言われていたのだが、そのことが証明されたのは比較的最近のことだった。とはいえ、こんな奇妙な色と形までしていて、匂いだけがハエをおびき寄せるわけではなかろう。では、いったい何がショウジョウバエを誘引するのか?この研究の面白いところは、その点を深く突っ込んだことにあるのだが、手法もなかなかに面白いものとなっている。

3、実験内容と結果

ざっくり要約すれば以下の4つ。図の解像度が微妙(そして著作権的にも怪しいかもしれないので、後で消すかも)なので気になる方は本文片手に読み比べてみてください(オープンアクセス)

I, 本物の花を匂いだけor見た目だけにしてみる(Fig. 2より転載)


問い:匂いのしない花はどうなる?
実験:透明な袋を花に被せて、匂いをシャットダウン(Visual only)
結果:ショウジョウバエはほとんど来なくなる

問い:花を隠して匂いだけにすると?(Scent only)
実験:布袋を花に被せて、匂いしか漏れないようにする。
結果:ショウジョウバエはほとんど来なくなる
匂いか見た目、どっちか片方だとハエは寄って来なくなることがわかる。

II,人工花を作り、比較(Fig. 3より転載)
 ユニークなのはここから。この研究チームは、なんとDプリンターを使って複雑な花の形をそっくりそのまま再現したのである。著者の一人、所属は「Visual art」専攻。どうやら視覚芸術の人までチームに引っ張り込んで再現したらしい。この人たち本気だ!すげえ!んで、匂いも本物の花から有機溶媒で抽出し、塗布している。
実際の実験は、写真のように形だけ(緑色のcontrol)VS 形と色(Visual only)それに、有機溶媒だけ塗った人工花(Solvent only)VS匂い抽出成分入りの溶媒を塗った人工花(Visual+ Scent)で比較している。


結果は本物の花には及ばないものの、見た目と匂い、両方似せた人工花が一番ショウジョウバエが寄ってきていることがわかる。

III,本物と人工花のキメラ(本物の唇弁やがくとくっつけた人工花を作成)(Fig. 4より転載)
花のどこの部分が、ショウジョウバエをおびき寄せるのに必要なのかを、本物の花をバラして、人工花と合体させるという実験。


本物の唇弁labbelumをつけた花の集まりが良さげですね。

IV,模様や色のパターンを変えた人工花(Fig. 6より転載)
ちょっと変わった模様をしていることに着目し、人工花の斑紋パターンを赤白の斑点、赤と白の縞模様、白のみ、赤のみの4つで比較を行っている(positive controlになぜ斑紋を再現した人工花ではなく本物の花を用いたのかはわからないけれど)。


斑点模様だと集まりがやや良いようです。

あともういくつか実験やっているのだが、細々しているので省略※3

まとめ

ショウジョウバエは匂い+見た目の両方でドラキュラの花におびき寄せられる。匂いだけでなく、花の斑紋パターンも重要。

最後に:感想とか

 やっていることそのものは、擬態の原因となる要素を丁寧に検証していくという単純なものではあるけれど、その過程に「生息地に足を運ぶ」「寄ってくるハエを数える」「花の模型を作成し、そっくりに色付けする」その一つ一つに膨大な時間と労力※4がつぎ込まれているのが見て取れて、想像しただけでもすごいなあとため息が出る。記事では省略したが、匂い成分をGC-MSで解析するなど、分子レベルから生態系レベルを網羅した、まさしく現代の博物学、素晴らしいの一言。
 擬態というのは、精巧に作り上げられた生物の形が絡んでくるため、模型を作るなんてことはなかなか難しかったのだが、3Dプリンターの普及で一気に進むんじゃないかという気がする。今後、この分野の発展に期待!

おまけ

研究チームが、YouTubeに研究風景&ドラキュラその他エクアドル森林内の生き物動画を上げている。なんというか、めっちゃ楽しそう。エクアドル行きたい。ヘラクレスオオカブト欲しい。

※2: 見た目が仰々しいのでドラキュラって名前がついたのだとか
※3: 随分端折ったけど、要点書いてるので許して(><)
※4: 今回の論文紹介のきっかけは、著者Policha氏の講演を拝聴したことだったのだが、講演で「生息地へは車では入れなくて、ロバに乗っていった」という話をしていて、そこまでやんのかすげぇな!と思った次第。

あとがき


 ここまで書いてふと気づいたことがある。このラン、分類的には全然違うけど、日本に生えるウマノスズクサ科のカンアオイによく似てませんかね?3方向に伸びるがく、控えめにひっそりと咲く花、送受粉に携わっているのはキノコ食のハエってめちゃくちゃ似てんじゃねえか!!!誰か3Dプリンター使ってカンアオイ擬態の研究やってみませんか?(完)